評価経済の違和感を無くすには

評価経済の意味

 
評価経済という言葉を最近よく聞くようになりました。
ビジネスに関する書籍でも、人気上位に食い込むことが多く、とても注目されている経済です。

 

その意味をおさらいしておきましょう。

 

経済社会の分類

貨幣経済=貨幣(日本円)などを物品・サービスと交換することで成り立つ経済体系

評価経済=評価の影響と物品・サービスを交換することで成り立つ新経済体系

分かりやすくまとめるとこんな感じになります。
 

「評価経済」は新しい時代の経済として注目されています。

 

クラウドファンディングやPolca、タイムバンクなど評価経済に伴う新サービスも登場しており
目が離せない市場になってきています。

実際使用して感じてみた新たな評価経済圏とは?(Polca)

2018.09.04

 

評価経済の違和感とズレ

この注目されている評価経済ですが、あまりいい噂を聞くことは残念ながら少ないです。

そしてその批判をする人は大抵の場合、評価経済を利用せずに外から眺めている人です。

評価経済の違和感とズレ。

前回の記事でもその概要をサラッとまとめています。ざっくり知りたい方はこちらをどうぞ

評価経済は地獄なのか

2018.10.05

今回はもっと深堀りしてお話していきます。

そもそもこの評価経済という影響力を用いてお金を呼びかけるカタチ。

ここに普通の人はまず違和感を覚えると思います。

評価経済という仕組みがノーリスクで、お金を集める手段に見えて仕方ないからです。

厳密にはリターンがありますが、それはとても軽いお返しが基本です。
 

その根底には「評価経済」の中に「支援」や「応援」という意味が大きく含まれているからです。

 

この点が実は非常にポイントとなります。

「支援や応援をしてくれ」と他の人のためにお金集めしているなら話は納得できますが、

「支援や応援をしてくれ」と自ら言っている希望者がほとんどです。

また時にはクラウドファンディングなどをする意味があるのかよく分からないお金集めの案件が目立ちます。

その案件を何も知らない人が見ると、すべての「評価経済」はもはや評価でも何でもなく、「乞食行為」だと揶揄されてしまうのです。

手軽さなどを求めているサービスだから「大丈夫」という声があると思いますが、まだ現段階(2018年)においてその考えは少し早い気がします。

評価経済が求める理想のカタチとは?

理想のカタチはある信念や理念を共有することで、コミュニティーを形成していく事です。

そのコミュニティーの中で、貨幣を含めた経済圏が完結出来ることを指します。

ただ現状において「評価経済」の認知度の低さ、前例の無さから完成形とは程遠いカタチになっています。

それでもオンラインサロンなど目に見えて分かる動きも増えつつあります。

ただ明確な「評価」経済の評価という基準のラインが見えてこない限りは、貨幣経済中心で物事を考える必要があると思っています。

 

評価経済とクリエイター

この「評価経済」を最も心待ちにしている人たちは間違いなく「クリエイター」でしょう。

特に芸術家は、一見評価されがたい作品を発表するので、作り手の想いと評価が一致しないナンバーワンの職業であります。

そのためこの「評価経済」とクリエイターの2つを組合わすことはとてもいいことだと思っています。

ただしそこには一つ条件があって、クリエイターが覚悟を持って作品を生み出し続ける必要性があると思います。

「評価経済」というシステムを利用してクリエイターが得られることはその斬新なマーケティング手法です。
 

クリエイター自身の実力は、作品を生み出し続けることでしか進化できません。

 

ですので、「評価経済」という見返りに甘んじることなく作品を生み出し続ける「覚悟」を示す必要はあると思っています。

今は黎明期ですが、いずれ評価経済の体制が整ってきた時、どのようなジャンルにおいても生産性がある者のみ「評価」される仕組みになっていくと考えています。

それが自然の摂理であり、淘汰ともいえます。

 

悲劇の画家・ゴッホ

歴史を振り返ってみても、生前に評価されず、死後に評価された芸術家もたくさんいます。

その代表的な芸術家がゴッホです。

ゴッホは生前の間、自分の意思を貫きました。

ただこの不幸なお話は諸説あり、そもそもゴッホが芸術活動をしていたのは生前
自殺するまでの最期の10年だけといわれています。

そのため他の芸術家と同じ時間もし活動に費やしていたなら、悲劇の画家とは決して言われていなかったでしょう。

ですので「ゴッホ」自身が不幸であったかは正直微妙なところです。

今回の論点はそこではありません。

現代にも「ゴッホなような埋もれた才能の持ち主」がいるということです。

埋もれてしまっている才能の原石が。

認められるべき実力がありながら、妥当な評価を得られていない人を救うシステム。

機会に恵まれていないクリエイターに広く手を差し伸べることこそが、「評価経済」の魅力だと考えています。

今回はゴッホという名画家でお話を進めましたが、サービスを提供するという点ではどのような事でも共通して言えます。

実力はあるけど、機会に恵まれていない。そのような人を救う社会になってほしいと願っています。

 

評価経済の違和感を無くすには

評価経済の違和感を無くすには、今主流である貨幣経済との摩擦を埋め合わせていく必要があると考えています。

「評価経済」に違和感を感じている人がいるのは、おそらく「リスク」や「責任感」に欠けているモノが多いからだと推察します。

評価されるという物差しに、自らの「評価」が落ちるかもしれないというリスクを背負ってないように見えるから、軽く捉えられてしまっているのだと思います。

では「責任感」とはなんでしょうか?

クリエイターの場合、その答えは一つです。

作品を生み出し続けることです。

そもそも「評価経済」を何の努力無くして恩恵を受けようとしている事が間違いであります。

なぜならクリエイターのような評価と努力が見合わない特殊な職業を除いて、ほとんどの職業で高収入である人はみな努力しているからです。

そしてその努力を出来る人は、わざわざ「貨幣経済」から「評価経済」に移行しようと思いません。

このような前提からも、当然「評価経済」でも努力や前進を求めている者にだけ「評価」という対価は得られるものだと考えています。

ですので、評価経済が浸透していけば、浸透していくほど、貨幣経済よりも無常なシステムになっていくはずです。

 

実力が全ての評価の仕組みになるのですから。

 

そしてここまで来ると、「貨幣経済」と「評価経済」は別々のコミュニティーではなく、流動性を持つことができるようになると考えています。

このようにして、違和感が薄れていくのだと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA